国道161号線沿いのバス停(和邇〜木戸)

滋賀県の湖西地域を南北に貫く国道161号線。かつてはほぼ全区間に江若バスの路線が存在したが、今は全線に亘ってJR湖西線が並行しているため、今は大津〜堅田高島市内に途切れ途切れに残っているだけ。このうち和邇近江高島間には今もバス停の跡が残っている箇所が多く、通る度に気になっていた(高島市内の鵜川〜近江高島間は乗合タクシーとして残存)。かつては京都・大津〜近江今津、のちには江若鉄道代替バスなど多くの路線が通っていたことが見て取れる。ここではそのうち南半分をまず取り上げてみる。
写真は主に北行き・南行きの順、バス停名などは湖西線建設の際に書かれた資料「国鉄湖西線建設の歩み」に載っていた代替バスについての項目を、位置は80〜90年代の住宅地図を参考にした。バスベイのような停車スペースや待合所はこの時の代替バス運行の際に整備された箇所が多い。また住宅地図では90年代後半あたりの発行分からバス停名の記載が無くなっているため、廃止はおよそ90年代中盤あたりと思われる。

和邇中浜


より大きな地図で 無題 を表示


和迩駅から少し北。和迩駅から南はそれなりに店も多いが、そこから北は急に寂れ、古い家々が点在するようになる。


和邇北浜


より大きな地図で 無題 を表示


南行きの写真だけ珍しくピンぼけになってた。中浜よりも更に家の数が減っている。


蓬莱駅


より大きな地図で 無題 を表示


蓬莱駅ではロータリーには入らず、国道上にバス停があった。北行きには今も立派な屋根付きのベンチと広い停車スペースが残っている。広告は今でも貼り替えられており、ほぼ最新の内容。南行きは元々停車スペースがなく、唯一点線になっていることだけが名残。


八屋戸


より大きな地図で 無題 を表示


ここは南北とも屋根付きの待合所が残っている。北行きの待合所の中には時計があり、今でも動いている。


びわ湖バレイ


より大きな地図で 無題 を表示


このバス停は、志賀駅びわ湖バレイの路線が土日のみながら今も残っているので現役。北行きが国道沿い、南行きがびわ湖バレイへの専用道に入ったところにある。しかし周りは何もなく、北行きバス停の屋根が全て吹っ飛んでいることが寂れ具合を物語っている。



国道沿いの南行きは大体交差点のあたりか。


近江木戸


より大きな地図で 無題 を表示


こちらも志賀駅びわ湖バレイの路線が経由するため現存、それもバス停標柱まで国道のバス路線が残っていた当時からのもの。



このバス停の北行きには、5月末あたりという本当にごく最近まで、当時使われていたトタン製の朽ち果てた待合所が残っていた。



その中に奇跡的に残っていたのがこの運賃表。運賃が変わったのか運賃の部分は消され、また北行きのバス停なのに南行きの運賃表なのが謎だが、ここから堅田方面へかつて路線があったことを示す貴重な史料。これも待合所の解体と同時に廃棄されたと思われ、実に口惜しい。




こちらは番外編。

現在もバス路線が残る大津〜堅田(浜大津線)沿線にも昔の名残があり、「ジャスコシティ西大津南行きには、今でも大津〜唐崎・和邇の路線が残っていた頃の路線図がある。以前のバス停名は、かつてこの地にありCMが有名だった健康ランドを冠した「紅葉パラダイス前」だが、路線図に書かれているのは90年代にリニューアルした際に改称された「びわ湖パラダイス前」。びわ湖パラダイスは98年末で閉鎖され、その後現在のバス停名になったが、今のところイオン西大津前に変える気はなさそう(競艇バスのみが通る「西大津駅」もそのまま)。
写真に写っている標柱も、山間部以外ではかなり少なくなった旧式の標柱。江若バスの昔の標柱には必ず番号が入っており、路線の起点バス停からの通し番号なのか、或いは整理券番号なのかと思ったがどちらも違い、この数字が何を意味するのかは全く不明。現在江若バスはこの標柱から新しいタイプの標柱への更新を進めており、このバス停も長くは続かないだろう。