地図より


飛騨川沿いの国道41号線にある、思いっきりそのままな「いい景色」なるポイント。ちょっとした駐車帯になっている。


実際の景色はというと、確かにいい感じ。ここは下原ダムのダム湖であり、湖面に山がくっきり。対岸にあるのは41号線と長く並走する高山線で、こちらはこちらで湖面スレスレの高さに作られた橋を渡る。

撮影写真より


加賀市の観光周遊バス・キャンバスのうち海まわり線は、加賀温泉駅の一つ隣が駅の向かいにある加賀市医療センター、ようは病院。一つ隣といっても、わざわざ病院の出入口付近までロータリーを進む。キャンバスの時刻表上の停留所は全てナンバリングが振られているが、医療センターについては無番扱いとなっており、その意味でも異彩を放つ。
病院なんて寄られても観光客には無縁だが、キャンバスは地元民の足としても活用されている故の経路であり、通常は専用の1日券・2日券でしか乗れないが、海まわり線を含む一部路線では1乗車ごとに使える回数券の設定がある。医療センター以外の停留所も設定されており、「時刻表停留所以外の地域バス停にも停車する場合がある」という注意書きがある。

撮影写真より


近年の名鉄バスの近距離高速バスは、貸切との兼用のためか貸切カラーでの導入となり、以前と同様ふそうをメインにしつつ日野も並行導入(3909/2TG-RU1ASDA)。標準装備のリアスポイラーが無い廉価仕様の上に、バックカメラに囲いの箱(ハウジング)が付いているため相変わらずかっこ悪い。鉄ホイールがアルミホイールに代わっただけ以前よりましか。

撮影写真より


弘南バスで社番11401-2を名乗るエルガミオ(KK-LR233J1改)だが、希望ナンバーは社番と全然関係ない6番。弘前ナンバーが登場した頃の登録車で、登録順に1番から振られている模様。
京都市バスの中古であり、市バス時代はナンバー496。側面の行先表示は中扉の後ろから前に移動されているが、後部ナンバー位置はそのままであり、中途半端な位置でラッピングの配置も一苦労。この時代のエルガミオの後部ナンバーは、中央下部に配置し、ナンバー灯はいすゞ伝統の両側だったが、京都市バスは広告枠と【バスの発進にご協力願います】の札を配置するため、ほぼここしかないという中途半端な位置になり、ナンバー灯も両側では入らないので上に1個だけ。

撮影写真より


西工でパッと見でどこのメーカーか分からなかった頃のバス。中身はふそうのU-MP218M、旧熊本市営バスから熊本都市バスに引き継がれた2891号車。
当時ふそうでは標準ではなかった角型ヘッドライトであることも分かりづらくさせている。運転席側でないためエンジン通気口も見えず、決定的なのは前輪ハブの三菱マークくらい。

撮影写真より


九州産交バス177(KL-HU2PMEA)
純正ならブルーリボンシティとなるところを西工で架装。KL-HUと西工96MCの組み合わせは、産交と西鉄くらいしか導入されず、且つ両社とも1回のみに終わったため、同じ日野でも中型では若干数が九州向けに生産されたが、それよりもはるかに希少。産交バスでは3台在籍し、いずれも'02年式ながら今も現役。

後ろからの見た目はMPに似ているが、エンジン通気口はMPよりも大きめで、前輪ハブがMPと異なる。その前輪ハブはLVと似ているが、これも厳密には形が違う。そして日野の伝統なのか、58MCの頃から引き続いてテールランプの位置が低い。当時他のメーカーはいずれもガラスのすぐ下であり、のちにPJ-LV/KV向けでは、純正のエルガに合わせてこれ以上にかなり位置が下がるが、フェンダーや窓枠が変更された改良後の車体であり、改良前の車体ではHUだけの仕様。どことも似つかない位置は見比べると明らかに違和感。テールランプの間にある点検用の蓋も、純正同様日野の伝統装備の一つ。

撮影写真より


西日本JRバス丹波営業所のバスは、園福線の沿線である福知山や園部エリアの広告を入れていた。秋に京都市内に増援として運用される場合でも広告はそのままだった。
園福線廃止と共に京丹波営業所も閉鎖となるため、丹波地域の広告が入ったJRバスはもう二度と見られないこととなる。この廃止により、京都府内のJRバスの路線バスはいよいよ高雄京北線1つを残すのみとなったが、こちらは観光・通学とも需要があるため廃止にはそうそうならない。